« 【ヱヴァ 新劇場版:序】ボタンカバー&ロザリオ風ペンダント | トップページ | 【エヴァ12年史⑤】1996年(平成8年) パニックを引き起こした衝撃の最終2話、泥沼化する監督批判VSオタク批判、そして映画化へ »

2008年4月12日 (土曜日)

【ヱヴァンゲリオン新劇場版:序】エヴァ友二人の対照的な反応 その2

今年に入り、TVシリーズ初回放送時からのエヴァ友二人と、久々にコンタクトをとることができました。今回はもう一人の友人の反応を紹介します。

B君・・今後の重要エピソードと新たなストーリー展開をどうからめていくのか?

二人目のB君は、以前の職場の同僚です。サブカルチャーについて関心が深く、TV放映から劇場公開まで、エヴァがサブカルの分野でも脚光を浴びて時期だったので、話が合い意気投合しました。1996年大晦日に新宿ミラノ座で行われた劇場版公開記念「エヴァTVシリーズセレクション」でオールナイトしたり、エヴァ旧劇場版2作を一緒に見に行った仲です。

Mirano

彼とは、今では年賀状の交換に留まっていたのですが、先月3月に、偶然、特急の中で遭遇しました。そして久々にヱヴァ談義と相成りました。

意見交換の中で、彼がかなり今回の作品に好感を持っている事が伺えました。

彼が言うには、 「ジ・エンド・オブ・エヴァ」のとりわけ「まごころを君に」が難解すぎて、当時出されたさまざまな解釈に対して理解できるものの、すっきりするところまでにはいかなかった。

だから新劇場版シリーズが、TVや旧劇場版のもやもや感をも払拭してくれるのではないかと期待したそうです。

そして、序は、期待に違わずの出来映えであったと評価していました。

ただ、彼は、今後の展開についてこんな危惧をもっています。

序は、TVシリーズのヤシマ作戦という序盤の山までを描いている。今後、破~急~?までどんな展開をするのか楽しみだが、7話以降には、ヤシマ作戦と並ぶ重要なエピソードも少なからずあり、こうした重要エピソードと新作部分をどう絡めて行くのか注目しているとの事。

たしかにヤシマ作戦と同じようなボリュームで描いていったら残り3作ではとても描ききれないなと思いました。

序が絶賛される理由の多くがヤシマ作戦のくだり、あれだけの尺を使って丁寧に描いたのが評価されたのだと思います。

破ではヤシマ作戦のような核になるようなエピソードを選び、それをリビルドしていくのか?想像するのは結構楽しいです。

|

« 【ヱヴァ 新劇場版:序】ボタンカバー&ロザリオ風ペンダント | トップページ | 【エヴァ12年史⑤】1996年(平成8年) パニックを引き起こした衝撃の最終2話、泥沼化する監督批判VSオタク批判、そして映画化へ »

アニメ・コミック」カテゴリの記事

エヴァ 新劇場版・旧劇場版」カテゴリの記事

コメント

kimkimさんこんにちは。

また、コメントさせて頂きます。

たしか以前、
月刊ニュータイプの中の制作者のコメントの中に「次が、一番難しいんですよね」と書いていた通りに、
2発目がすべての鍵になりますよね!
上映の時間の関係上TV版の話を全て盛り込むのは不可で有り、アスカとシンジのコンビネーションをどう作り上げるのか?
→特に気になる新キャラ及び新エヴァ
→新キャラクターがどれだけ旧ファンに受け入れられるのか??

庵野監督よろしくお願いします。

投稿: ダイナマイト | 2008年4月13日 (日曜日) 午後 10時57分

ダイナマイトさま、こんにちは。

破の作り方が鍵になるのは、間違いないですね。

すでにカヲル君も登場しているし、予告で姿を現した
新女性キャラもどうストーリーに絡むのか興味深いです。そして当然のことながら、アスカの描き方も重要です。アスカが壊れる前の各エピソードは、コミカルで学園ラブコメかって思う回もありましたね。

カヲル・新キャラ・アスカ・トウジ・加持・キールの扱いを特に注目しています。

予想では、基本線はところどころ、旧作のエピソードを交えながらもオリジナルストーリーで展開していくという感じがするのですが。

投稿: kimkim | 2008年4月14日 (月曜日) 午後 10時52分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/65334/40861374

この記事へのトラックバック一覧です: 【ヱヴァンゲリオン新劇場版:序】エヴァ友二人の対照的な反応 その2:

« 【ヱヴァ 新劇場版:序】ボタンカバー&ロザリオ風ペンダント | トップページ | 【エヴァ12年史⑤】1996年(平成8年) パニックを引き起こした衝撃の最終2話、泥沼化する監督批判VSオタク批判、そして映画化へ »